「預金者保護法」を成立
消えた預金
2004年、キャッシュカードの偽造・盗難や、暗証番号などの情報を盗み出す「スキミング」の被害が相次ぎ、大きな社会問題となっていた。
ある女性の場合。キャッシュカードの盗難に気付き、慌てて金融機関のATMで残高を確認すると、数百万あった残金がゼロに。窓口に問い合わせると、「全額、引き出されていますね」との返事。頭の中がパニックになった女性は「では、どうしたら・・・」と聞くと「警察に行っていただけますか?」
警察で受けた説明はこうだった。
「あなたが盗まれたのはキャッシュカード1枚。現金を引き出されたのは銀行。つまり、被害者は銀行になってしまうんですよ」
「誰も守ってくれない」――こうした声が各地で上がっていた。
被害者の一人である中林由美江さんは、被害者の集いである「ひまわり草の会」を結成。救済を求める署名運動を始めるも、一向に状況は変わらなかった。
ちょうどその頃、西田まことを中心とした公明党のプロジェクトチームが、被害の実態調査に乗り出していた。
自ら法律をつくる
「被害に遭われた方の生の声をお聞きしたいんです」 初めて聞く西田の声に、中林さんは驚いた。国会議員から突然、しかも直接電話がかかってくることなど、想像もしていなかったからだ。しかし、窮地に陥っていた中林さんにとって、わずかばかりの希望が開けた瞬間だった。
西田は「ひまわり草の会」の集いに出席。
切々と窮状を訴える人々の声に胸が締め付けられた。
「預金は一人一人の汗と涙の結晶。それが補償されなければ、あまりにも理不尽だ。これこそ、政治が解決しなきゃいけない!」
即座に、監督官庁である金融庁に出向き、被害者救済を訴えた。
だが、金融庁の腰は重かった。涙ながらに訴える被害者の姿が、まぶたから離れない西田は決断する。「国が動かないならば、被害者を救済するための法律を自分たちの手で作るしかない!」
立法に向けた作業を進める西田たちの動きを、けん制するかのように、金融機関側から、「法制化を再考してもらえないか」などの申し入れも相次いだ。しかし、西田はこれをかたくなに固辞し、立法化を急いだ。
2005年6月21日、西田が中心となって作成した法案は国会に提出されたものの、その当時、郵政民営化法案の賛否をめぐって国会は解散含みという緊迫した政局に。「早くしなければ解散に伴い、せっかくの法案が廃案となってしまう」。タイムリミットは迫っていた。“被害者を一刻も早く救いたい”。その思いが西田たちを突き動かしていた。
そして、8月3日、西田の必死の努力が実り、預金者保護法が成立。被害は原則、金融機関が被害を補償することに決まった。それは、解散の5日前であった。
「ひまわり草の会」の中林さんは、しみじみと語る。
「一国民の小さな声が、本当に国会に届けられ、法律ができて世の中が実際に動くということを、そして、一人の国会議員が、こんなにも働いてくれるということを、私は西田議員と接して、はじめて知ることができたのです」と。
「西田まこと預金者保護法ドキュメント」
「預金者保護法成立までを語る」












西田まこと